東京高等裁判所 昭和57年(う)148号 判決
被告人 太田正志
〔抄 録〕
本件の公訴事実は、「被告人は、昭和五五年一〇月一二日午後五時二〇分ころ、業務として普通乗用自動車を運転し、栃木県那須郡南那須町大字志鳥一、〇九一番地先の幅員約四メートルの狭隘な道路を小川町方面から喜連川方面に向かい時速約五〇キロメートルで進行するにあたり、同所は右方に曲折している下り坂道路のうえ降雨中で車輪が滑走しやすい状況であったから、あらかじめ減速し、道路状況に応じて進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、前記速度のまま進行し右方に曲りきれず道路左側の路肩に左側車輪を逸脱させた過失により、自車を道路左側路外の田圃に転落させ、よってその衝撃により自車に同乗していた秋吉俊孝(当時四四年)に加療約二年間を要する頸髄損傷等の傷害を、同太田稲男(当時五三年)に全治三か月を要する左橈骨骨折等の傷害をそれぞれ負わせた」というのである。すなわち本件訴因は、被告人が自動車を運転して、前記のような、雨で濡れている右カーブの狭い下り坂を進行するにあたり、あらかじめ減速して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、時速約五〇キロメートルのままで進行した過失があり(これを甲過失とする。)、その結果、右方に曲り切れずに道路左側の路肩に左側車輪を逸脱させ本件人身事故を発生させたとするものである。したがって、この過失が道路左側の路肩に被告人車の左側車輪が逸脱する以前の時点のものであることは明らかである。
しかるに、原判決が認定判示した罪となるべき事実は、「被告人は、昭和五五年一〇月一二日午後五時二〇分ころ、業務として普通乗用自動車を運転し、栃木県那須郡南那須町内の道路を小川町方面から喜連川町方面に向け進行して、時速約五〇キロメートルで同郡南那須町大字志鳥一、〇九一番地先の右方に湾曲している下り勾配の地点(幅員約四メートル)に差しかかった際、同所は叙上のような道路状況に加えて、当時降雨のために路面が濡れて滑走し易い状況にあったのであるから、この場合自動車運転者としては、当該道路状況に応じて適宜速度を調節しつつ的確な運転操作をなし、もって事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、漫然前記速度のまま進行して右方に曲りきれずに自車の左側車輪が路肩に逸脱したことに気付くや(当審注。原判決に『路肩から逸脱した』とあるのは、『路肩に逸脱した』の明らかな誤記と認める。)、右左に急転把した過失により、自車を激しく滑走させるなどして道路端の田圃に転落させ(後略)」たというのである。
してみると、原判決は、本件訴因に明示された過失である甲過失(減速義務違反)のほか、これと併存的または重畳的に、被告人が道路左側の路肩に被告人車の左側車輪を逸脱させた後の時点においても当該道路状況に応じて的確に操車すべき注意義務を怠り、右左に急転把した過失があること(これを乙過失とする。)を認定したものというほかない。この乙過失は、甲過失とその態様を異にするうえ、近接こそしているが時間と場所も異なっており、本件訴因に明示された過失内容の枠を大きく超え、これとは全く別個のものといわなければならない。
このような場合、乙過失を認定するには、被告人に防禦の機会を与えるため、訴因変更手続を要するものというべきであるが、原審が右手続を経た形跡は記録上認められないから、原判決には訴訟手続の法令違反があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。
(鬼塚 杉山 苦田)